寺にいって蛙みて生命探求 島木健作 赤蛙 | |
私は赤蛙をはじめて見つけた時、その背なかの赤褐色が、濡れたやうに光つてゐたことを思ひだした。して見ると私は初めから見たのではない。私が見る前に、赤蛙はもう何度この繰り返しをやつてゐたものかわからない。 「馬鹿な奴だな!」私は笑ひだした。 赤蛙は向う岸に渡りたがつてゐる。しかし赤蛙はそのために何もわざわざ今渡らうとしてゐるその流れをえらぶ必要はないのだ。下が一枚板のやうな岩になつてゐるために速い流れをなしてゐる所が全部ではない。急流のすぐ上に続くところは、澱(よど)んだゆつくりとした流れになつてゐる。流れは一時そこで足を止め、深く水を湛(たた)へ、次の浅瀬の急流にそなへてでもゐるやうな所なのである。その小さな淵の上には、柳のかなりな大木が枝さへ垂らしてゐるといふ、赤蛙にとつては誂(あつら)へ向(む)きの風景なのだ。なぜあの淵を渡らうとはせぬのだらう? (島木健作 赤蛙) |
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